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山形地方裁判所 昭和23年(行)26号 判決

原告 斎藤武一郎 外一名

被告 国

一、主  文

原告斎藤武一郎所有の別紙第一物件目録、同斎藤弁蔵所有の別紙第二物件目録各記載の宅地に対して為した、自作農創設特別措置法第十五条に基く買収処分に於ける買収対価を、それぞれ、同目録賃貸価格欄記載の価格を三百倍した額に増額する。

原告等その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、請求の趣旨として、

原告斎藤武一郎所有の別紙第一物件目録、同斎藤弁蔵所有の別紙第二物件目録各記載の宅地に対して為した買収処分に於ける買収対価を、それぞれ、同目録請求対価欄記載の額に増額する。訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決を求め、その請求原因として、

原告斎藤武一郎所有の別紙第一物件目録記載の宅地(十七筆)、同斎藤弁蔵所有の別紙第二物件目録記載の宅地(七筆)は、いずれも自作農創設特別措置法(以下、単に、自創法と略称する)第十五条により、買収時期を昭和二十三年七月二日と定めて買収され、買収令書は、同年十一月二十五日原告等にそれぞれ送達された。しかして、その買収対価は、一率に各宅地の賃貸価格(地租法第八条)を六十倍した額、即ち、別紙第一、第二物件目録買収対価欄に記載してある価格と定められた。

しかしながら、この買収対価は、時価を参酌していない、不当に低廉なものである。即ち

(一)  本件買収対価は、自創法施行令第十一条第一項、昭和二十二年農林省告示第七十一号に基き、当該宅地の賃貸価格の六十倍として決定されたもののようである。しかし、自創法第十五条第三項(昭和二十四年法律第二百十五号による改正前のもの、以下同断である)は、単に、宅地の買収対価は、時価を参酌して定める、と規定しているだけであつて、対価算定の方法、基準等を他の法令に委任した旨の規定は少しも見受けられないから、自創法施行令第十一条第一項の規定は、法律の委任のない、無効なものである。従つて、対価額決定にあたつては、右施行令の規定に従わねばならぬ理由は毫末もない。

(二)  元来、宅地というものは、その所在する市町村の繁栄の程度、経済環境交通利便の良否や、その他、諸般の状況により、差異変動があつて、決して、全国画一不変のものではない。本件宅地についてこれ等の事情を勘案すると、本件買収対価は、毫も時価を参酌していない、不当に低廉な価額であること明瞭である。本件宅地の買収対価は、別紙第一、第二物件目録正当対価欄記載の価額とすべきものである。本件に於ては、そのうち、同目録請求対価欄記載の対価に、それぞれ、増額することを求める。

と陳述し、被告の本案前の主張に対して、

本件訴を提起する当時、原告等に対し買収令書の交付も、又は、これに代る公告もなかつたことは認める。当時は、金井村農地委員会が、本件宅地の買収計画を公告したに過ぎなかつたのであるが、その後、昭和二十三年十一月二十五日、本件宅地の買収令書が原告等に送達されるに至つたものである。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として、

本件訴が提起された当時、原告等に対しては未だ、本件宅地の買収令書の交付がなされていないのである。自創法第十五条第二項(昭和二十四年法律第二百十五号による改正前のもの)の規定において準用する、同法第十四条第一項の規定にいう「第三条の規定により買収した」ときとは、同法第九条第一項の規定により、買収令書を交付したときでなければならぬ。従つて、買収処分が完了する以前に於ては、同法第十四条に基く訴を提起することは許されないのであるから、本件訴は不適法として却下せらるべきである。

と述べ、

本案に対する答弁として、原告等の請求はこれを棄却する、との判決を求め、原告等の主張事実中、

原告等所有の別紙第一、第二物件目録記載の宅地が、自創法第十五条により、買収時期を昭和二十三年七月二日と定めて買収され、買収令書は、同年十一月二十五日原告等にそれぞれ送達されたこと及び、その買収対価が原告等主張の通りの金額と定められたこと、

は認めるが、この買収対価は、自創法施行令第十一条第一項により、中央農地委員会が宅地買収対価決定の基準として定めた昭和二十二年農林省告示第七十一号「宅地等の対価算定基準に関する件」に則り、本件宅地の賃貸価格(地租法第八条)に財産税法の定める倍率である六十倍の倍率を乗じて得た額を以て対価と定めたものであつて、時価に比して著しく低廉な額ではない。正当な対価というべきである。即ち、

(一)  自創法第十五条第三項は、宅地等の買収対価は、時価を参酌して定めるとだけ規定し、時価参酌の方法については、同法施行令第十一条第一項、及び、昭和二十二年農林省告示第七十一号「宅地等の対価算定基準に関する件」によつて、賃貸価格に財産税法に定める倍率を乗じて得た額の範囲内で定めることとしているのである。

(二)  自創法第十五条第三項に「時価を参酌して定める」というのは、「時価による」と字義を異にする。即ち、買収対価は、時価そのものに拠ることを要せず、単に、時価を参酌すれば足りるのである。しかも、同条によつて買収の対象となつている宅地は、農業用施設としての宅地である。飽くまでも、自作農の安定した農業経営を確立するためのものであるから、農業経営の成立を圧迫するような対価で買収、売渡が行われるのを未然に防止することを本旨とする。一般住宅用に供する宅地とは、自ずから異なつたものがあること言を俟たない。

(三)  而して、財産税法に定める倍率とは、財産税法第二十五条第一項の倍数であつて、この倍数は、同法第二十六条、同法施行規則第二十条により、一定区域毎に標準となるべき土地又は家屋について、取引価格を参酌して、政府に於て算定する価格の、その調査時期に於ける賃貸価格に対する倍数に比準して、これを定めるのであり、所轄財務局長が、不動産評価委員会の諮問を経て定めることになつている。この基準は、全国統一的基準として公表された唯一の資料であり、宅地の価格を算定する資料としては、これ以外に拠るべき妥当なものを見出すことができない。従つて、この基準を採用した前記農林省告示に基いて算出された買収対価は、自創法第十五条第三項に、いわゆる「時価を参酌」したものということができる。

(四)  更に、一般住宅用宅地が、近時、経済事情の変動に影響され、取引価格が高騰したからといつて、農業用施設としての宅地の、右基準に基いて算出された対価は、何等影響さるべきではない。

要するに、本件宅地の買収対価は、時価を参酌した正当な価額であつて、今、それを変更する要を見ない。

と陳述した。(立証省略)

三、理  由

第一、本案に入るに先だち、先ず、本件訴の適否について判断する。

被告は、本件訴が提起された当時、原告等に対して、未だ、本件宅地の買収令書が交付されていないのであるから、不適法な訴として却下すべきであると主張するので按ずるに、本件訴が提起された昭和二十三年七月三十一日(記録に徴して明である)現在に於て、原告等は本件宅地の買収令書の交付を受けていないし、又、これに代る公告もなかつたことは、原告等も認めて争わないところである。自創法第十四条第一項に基く買収対価不服の訴は、買収令書の交付、又は、これに代る公告があつた後はじめて許されるものであること、被告の主張する通りであるが、しかし、本訴提起後の、昭和二十三年十一月二十五日に至つて、原告等に対して本件宅地の買収令書が送達されるに至つたことは、亦、当事者間に争のないところである。従つて、買収令書が送達された時以降、この点に関する要件を具備したことになる訳であるから、結局、被告の主張はこれを採用することができない。

第二、よつて、本案の当否について判断する。

原告斎藤武一郎所有の別紙第一物件目録、同斎藤弁蔵所有の別紙第二物件目録各記載の宅地が、自創法第十五条により、買収時期を昭和二十三年七月二日と定めて買収され、買収令書は同年十一月二十五日原告等にそれぞれ送達されたこと、(但し、送達の点について、当事者間に争のないことは前認定の通りである)及び、その買収対価が同目録買収対価欄に記載してある価格と定められたことは、当事者間に争がない。而して、右買収対価が、自創法施行令第十一条第一項、昭和二十二年農林省告示第七十一号「宅地等の対価算定基準に関する件」に基き、中央農地委員会(後に、中央農地委員会議と改称)が決定した宅地買収対価の基準である、当該宅地の賃貸価格(地租法第八条)に、財産税法に定める倍率である六十倍の倍率を乗じて得た額によつたことは、原告も明に争わないところである。

本件係争の焦点は、右買収対価が自創法第十五条第三項に、いわゆる「時価を参酌」した正当な価額であるか、否かである。原告等は、自創法施行令第十一条第一項は、法律の委任なくして定められた、何等拘束力のない、無効な命令であるのに拘わらず、漫然、その基準に従つて買収対価を算定しており、しかも、この対価は、全然時価を参酌していない、不当に低廉なものである、と主張し、被告はこれを争つているので、以下、これについて判断を加える。

(一)  先ず、自創法施行令第十一条第一項の形式的効力について検討する。

自創法第十五条第三項(昭和二十一年法律第四十三号)は、昭和二十四年法律第二百十五号で改正される以前に於ては、農地買収に附帯して買収する農業用施設、土地(宅地等)、建物の買収対価につき、「採草地(昭和二十二年法律第二百四十一号で「牧野」と改正)にあつては、命令の定めるところにより、当該採草地の近傍類似の農地の時価を参酌し、採草地以外のものにあつては、時価を参酌してこれを定める」と規定している。従つて、採草地については、対価決定方法を法定していると共に、対価の決定自体は、これを命令に委任している趣旨であることは明であるが、採草地以外のもの(本件に於ては宅地)については、単に、対価決定の方法について「時価を参酌してこれを定める」と法定しているのみであつて、対価決定自体を命令に委任したと認めるに足る事跡がない。自創法施行令第十一条は、第二項に於て採草地の対価額を規定していると共に、その第一項に於て「農業用施設、宅地(後に土地と改正)又は建物の対価を定めるには、中央農地委員会の定める基準によらなければならない」旨定めているが、この第一項の規定は、従つて、その形式的効力如何ということが問題になる訳である。

尤も、自創法の一般的な効力を論ずるに当つて、自創法は連合国最高司令官の覚書の趣旨に基いて制定された法であることを理由に、超憲法的な法律であり、国内法とは異なる、特殊の法原理が支配する、との説もあるが、しかし、このような特殊の背景乃至要請を持つているにせよ、自創法もまた、国内法として議会の協賛の下に制定された法律であるかぎりは、それは、やはり国内法として、国法に内在する法の原理に従わねばならぬ、との立場を採る。而して、自創法は、旧憲法下に於て成立した法律ではあるが、現行憲法とは矛盾しない、現行憲法所定の手続により制定せられた法律と同一の効力を有するものと解する。以下の論議は、全てこの立場に立つて進める。

そこで考えられるのは、自創法施行令第十一条第一項の規定は、自創法第十五条第三項の規定を執行するために必要な補充的法規を内容とする、いわゆる執行命令であるか、或は、法律によつて委任さるべき事項を内容とする、いわゆる委任命令と解すべきか、ということである。しかしながら、自創法施行令第十一条第一項の規定内容は、前記の通り、農業用施設、宅地、建物の買収対価自体を定めているものであつて、それは、直接、国民の財産権に関する事項であり、しかも、自創法第十五条に於て既に含まれたと認められる範囲内に於て、新に国民の権利を定め義務を課することを内容とするものであつて、単に、法律の規定する範囲内に於て、その実現の場合に必要な細則を定めた執行命令であるとは、到底解することができない。かゝる事項は、直接、法律によるか、又は、少くとも法律の委任に基く命令で規定せらるべき筋合のものである。

この様に、自創法施行令第十一条第一項の規定は、法律事項を規定しているものと解する立場に於ても、従来、更に、二の見解がある。第一は、この命令は、法律の委任のない命令であるから無効であるとする立場である。原告等の主張するところである。第二は、これとは反対に、自創法第十五条第三項は、対価決定自体を命令に委任する旨明記してはいないが、同条項は、当然、命令で定めることを予定しているものである、とする立場である。被告の採るところである。第二の立場は、主として、

(イ)  農地の買収対価は、自創法第六条第三項で法定されていること、

(ロ)  農地の買収に附帯して、農地の利用に密接な関係ある宅地等を買収することは、自作農創設の目的達成のため、農地の買収と同一視すべきであり、従つて、その買収の手続等は勿論のこと、その対価決定も農地の買収に準じて考えるべきであること、

(ハ)  第二次農地改革は、全国画一的に、迅速に遂行すべきことを要請されており、そのためには、買収対価についても一定の基準を定めておく必要があり、又、農地委員会の構成等から見るに、対価額の決定をその裁量に委したものとは考えられないこと、

等の諸点を論拠としているものと解されている。そこで按ずるに、(ハ)の点は、主として、技術的な面からの主張にすぎない。問題となるのは、(イ)、(ロ)点である。しかしながら、自創法が、その目的を達成するために、直接の対象となるものは農地である。同法第十五条に規定する農業用施設、土地、建物は、農地とは密接な関連はあるけれども同法の目的に対しては、むしろ、間接的に奉仕する関係にあるに過ぎない。而してその買収方法等についても、買収さるべき農業用施設土地、建物は、同法第十五条所定の要件に該当するものに限られ、一定の資格者の買収申請を必要とし、しかも、市町村農地委員会がその申請を相当と認めたときに限つて、始めて買収し得ることになつており、農地に関するそれと比較して、その間、おのずと、取扱を異にするものがあることを窺うに足りる。しからば、農地に密接な関係があるの故を以て、対価決定についても、農地の買収に準じて考えるべきであるとの議論には、にわかに左袒し難いものがある。一方、一旦、成文法として成立した法条を解釈するにあたつては、その用語、文章からするところのものをも熟慮勘案すべきこと勿論であつて、彼此衡量判断すると、自創法第十五条第三項は、宅地等の買収対価を、命令で定めることを、当然、予定している趣旨であるとは解し得ないのである。

果して、然らば、自創法施行令第十一条第一項の規定は、法律で規定せらるべき事項を内容とし、しかも、法律の委任なくして規定された命令であるから、無効であり、法として何等の拘束力のないものであると解するの外はない。

更に、この点について考慮しなければならないのは、昭和二十四年法律第二百十五号を以て自創法第十五条を改正し、改正前の第三項を第四項とすると共に、宅地等の買収対価決定についても、牧野(採草地)と同様、命令に委任するところとなつたため、この改正によつて、自創法施行令第十一条第一項の、右のような法形式上の瑕疵が治癒された、とする説のあることである。治癒の効力発生時期を右改正法律施行以後とするのであれば、本件とは直接関係がないから、しばらく措くとするも、若し、それ、治癒の効力を命令の制定時に遡るというのであれば、それは法律不遡及の原則に反する。一般に、或る無効なる状態が存在する場合、他の行為によつて、この確定状態を打破し得るか否かということは、その確定状態に於ける法律的安全と、具体的妥当性の優劣の判断に、その利益的基礎を持つ、法律不遡及の原則は、しかの如く軽々に排斥せらるべきものではない。

以上、要するに、昭和二十三年七月の本件宅地買収処分当時に於ける、宅地買収の対価に関する限り、自創法施行令第十一条第一項は、法形式上の瑕疵があり、無効なものであつて、何等拘束力のない規定である。原告のこの点に関する見解は、洵に、当を得たものである。

しかしながら、本件宅地の買収対価は、事実上、自創法施行令第十一条第一項、昭和二十二年農林省告示第七十一号に依拠し、その定める基準に従つて算出されていることは、前記の通りであるから、続いてこの基準に基いて算出された時価額が、果して、自創法第十五条第三項の「時価を参酌」した価額であるかどうかを、実質的に判断しなければならぬ。

(二)  そこで、次に、自創法第十五条第三項に、いわゆる「時価を参酌して定める」との意義を審按する。

先ず、「時価」の意義について、従来、二の立場が与えられている。第一は、収益価格を基準とする立場である。即ち、宅地の賃貸料(地代)に一定の利子歩合を以て資本還元した額を「時価」とする考え方である。第二は、取引価格を基準とする立場である。この立場に於ても、「取引(売買)価格」を、即ち、時価とし、或は、「国家経済上相当と認められる取引価格」、又は、「自由な取引に於ける客観的な相当の価格」を時価であるとして、その説明に於て多少の差異はあるが、ひとしく、取引価格を基準としている点、軌を一にする。収益価格を基準とする第一の立場は、宅地を収益財の一種とみ、宅地に対する所有権の内容が、単に、地代収益権のみに局限されたとみる場合に於てのみ、始めて、その合理的根拠を見出す。しかしながら、宅地に関しては、地代は法律によつて一定の額に制限され、又、賃借人保護の立場からする反射的制限はあるにしても、法定の要件を満した場合には、その返還を求めることができ、更に、自由な価格で、他に売却する等の処分も自由であつて、宅地の所有権は、現在、右のような社会的、経済的諸要因から、多少の制限は伴つてはいるが、しかし、この制限の故に、本来、自由に使用、収益、処分することのできる所有権の内容が変じて、単に、地代収益権のみに局限されてしまつたものと考える訳にはゆかないのであつて、収益価格を時価とする立場には賛成することができない。宅地についても、一般市場における需要と供給との関係から現実に定まる価格、いわゆる取引価格を基準として時価を決定するのが妥当であると考えるのである。吾人の法律生活上の健全な社会通念から肯認し、正当視せられ得る取引価格が、即ち、同条項にいう「時価」であると解する。

而して、「時価を参酌する」とは、時価を調査し、それを買収対価決定の重要資料に供すべきことを要求している趣旨である。その対価額を幾何に定めるかということについては何等触れるところはないが、自創法も国内法として、憲法を最高規範とする、矛盾なき一つの体系を形成すべきものであること、前記の通りであり、自創法による宅地の買収もまた、憲法第二十九条第三項の「公共のために用ひる」場合であるから、それは、結局、同条項の「正当な補償」に当る額をその対価とすべきものである。こゝに、憲法にいう「正当な補償」とは、国民の財産を公共のために徴用する場合に、被徴用者に対し、与えた損害を補償する趣旨であり、かの、故意、過失を条件とする民法の不法行為や債務不履行の場合の損害賠償と異り、必ずしも損害の全額を補償しなければならないものでなく、健全な社会通念よりして正当視せられる場合に於ては、損失の一部を補償するを以て足りる、と解すべきであつて、何が、「正当な補償」であるかということは、よろしく、その公用徴収を必要とする原因動機、公用徴収の目的、之により期待せられる福祉の性質程度、被徴用財産の性質、被徴用者の地位等を十分考慮して具体的に決すべき問題である。従つて、宅地の買収を必要とする原因動機、之により期待せられる福祉の性質程度等、自創法の趣旨とするところを参酌勘案した場合、その買収対価が「時価」となる、言い換えれば、「時価」より低額でも、「正当な補償」となり得る場合もある訳である。自創法第十五条第三項の、「時価を参酌して定める」とは、かゝる法意であると解する。「時価」の意義を、右のように解するとすれば、経済的諸条件が変化すると共に、取引価格も、亦、変転動揺するのであるから、如何なる時期に於ける単価を捉えてこれを参酌すべきか、即ち、時価決定の時期如何ということを、続いて検討しなければならぬ。しかしながら、買収による所有権の変動は、買収時期に起るのであるから、特段の事情が認められない限り、その対価を定めるにつき参酌さるべき時価は当然、買収時期を標準とすべきことは明である。被告は、一定の基準時期に於ける時価を確定し、それを一率に参酌すれば足り、確定後の経済事情の変転は考慮する必要がない、と主張している。この主張は、

(イ)  農地改革の如き大事業を急速に実現する為には、宅地等の買収対価についても、一定の明確な、具体的基準が必要不可欠である、という技術的要請と、

(ロ)  その間、物価騰貴が著しく、而も、農地改革の達成には長期間を要することは、当然、予測されるのであるから、偶然的原因に基く買収の前後により、被買収者間に対価の不均衡を生ぜしめるのは不合理である、という実質的な面に立脚する。

しかし、こゝでも亦、前記の、自創法の直接の対象は農地であり、宅地はその目的に奉仕すること間接的であり、その取扱についても、その趣を異にしているということに想到すべきである。農地に関しては、自創法第六条に買収対価を法定し、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に遡つて買収する、いわゆる、遡及買収の制度も認められているのであるから、同法の規定からすれば(憲法第二十九条第三項との関係については、しばらく措く)その対価について、その後の経済事情の変転は考慮する必要のないこと勿論であるが、宅地については、このような規定がないのであるから、農地に関する右の理論を、そのまゝ類推適用しなければならぬ理由はない。(ロ)の点は、傾聴に価するものではあるが、しかし、このことは、独り宅地の買収についてのみ起る現象ではなく、一般に、公用徴収の全ての場合に考えられるところであり、公用徴収に於ける損失補償の制度は、これによつて、公益と私益との調和を図る、一の調節技術であるが故に、その公用徴収の目的に鑑み、その権利者に於て、投機的売買の機会を喪失するという損害乃至苦痛は、よろしくこれを忍受しなければならぬ。結局、時価決定の時期は、その字義の通り、買収時期に於ける時価を参酌すべきものと解する。

(三)  茲に於て、以下、本件宅地買収対価が、自創法第十五条第三項の「時価を参酌」しない、不当に低廉な価額である、とする原告の主張の当否を判断する。

(1)  よつて、先ず、本件宅地買収対価算出の実質的根拠について検討する。

本件宅地買収対価は、自創法施行令第十一条第一項、昭和二十二年農林省告示第七十一号に依拠し、当該宅地の賃貸価格に財産税法に定める倍率を乗じて得た額によつたことは、前記の通りである。ここに財産税法に定める倍率とは、同法第二十五条第一項の倍数を指称するもので同法第二十六条、同法施行規則第二十条によれば、この倍数は一定区域毎に標準となるべき土地につき、取引価額を参酌して政府に於て算定する価額の調査時期(昭和二十一年三月三日)に於ける賃貸価格に対する割合により、所轄財務局長が不動産評価委員会の諮問を経て定めたもので、各不動産の評価は、一率に賃貸価格に右倍数を乗じたものを以てしたのである。而して、成立に争のない乙第一号証によると、右の倍数決定にあたつては、その準備資料として、不動産価格算定上参考となるべき各種の資料を調査すると共に、一定区域毎に、戦前戦後に亘り、(イ)売買実例(土地、賃貸権)(ロ)宅地建物等価格統制令の例外価格許可実例、の二つにつき、可及的多数蒐集することが行われ、且つ、これについて、精通者の意見を徴して参考とし、又、実例は、(イ)戦前分は、昭和十四年十一月より昭和十五年十月迄の期間につき、(ロ)戦後分としては、昭和二十年一月以降のものを蒐集することにし、殊に、特殊事情を附随すると認められるものは適宜之を除外し、殊に、戦前の実例に重点を置いて決定されたものであることが明である。

しかしながら、本件買収時期は、昭和二十三年七月二日である。その対価算定の基準となつた右倍率の調査時期は昭和二十一年三月三日であつて、既に、それより二年有余の日時が経過している。その間、経済事情が激変し、為に、累年物資が累騰し続けてきたことは洵に顕著な事実である。昨日の時価は、即ち今日の時価ではないのであつて、買収対価決定に際しては、すべからく、その買収時期に於ける時価を調査し、これを参酌しなければならないことは、自創法第十五条第三項の要求するところである。

(2)  そこで、本件宅地の買収時期に於ける時価を検討する。

本件宅地の買収時期である昭和二十三年七月二日現在に於ける取引価格(それについては、該宅地上に賃借権が存在するものとして)は、

(イ) 鑑定人竹内淳太郎の鑑定の結果によれば、当該宅地の賃貸価格の三百倍であるとしている。

(ロ) 同細谷庄左衛門の鑑定の結果によると、当該宅地の賃貸価格の六百倍としている。

(ハ) 更に、同畔柳知太郎の鑑定の結果によれば、当該宅地の坪価取引価格を千円の三分の一程度であるとし、これを賃貸価格に対する倍数に換算すると、いずれもその六百倍以上になる。

右の鑑定人の鑑定の結果は、その観るところの相違によつて、それぞれ異なつた結論に到着してはいるが、その最低である、鑑定人竹内淳太郎の鑑定の結果によるも、当該宅地の賃貸価格の三百倍であるとし、その余の鑑定人は、ひとしく、それ以上の価格があるものと評価していることに留意しなければならぬ。即ち、言い換えるならば、本件宅地の取引価格は、いずれもその買収時期である昭和二十三年七月二日現在に於て、少くとも、その賃貸価格の三百倍、若しくは、それ以上の額に相当する価格であることだけは疑を入れない。

(3)  然らば、最後に、この時価を参酌して、買収の対価を幾何に決定すべきであろうか。洵に至難の問題である。茲に、意をいたすべきは、宅地買収制度の目的とその性質である。自創法は、所定の小作地を国家に於て強制的に買上げ、これを小作人に売渡すことによつて、小作農を自作農化することを敢行し、更に、農家の作業場である宅地も、これに附帯して買収、売渡をしようとするのがその目的であり、一般市街地のそれと異なり、農家の住宅敷地を確保する為のものではなく、飽くまでも、農家に作業場という生産手段を与えようとするにある。又、これによつて期待せられる福祉は、以て、農業生産力の発展と、農村に於ける民主的傾向の促進である。これは、何人にも異論のないところではあるが、しかし、それが、如何に意義あることであるにせよ、その為、補償の額を、本来あるべき額より余りに低く見積ることは許されないところである。今、本件宅地買収対価を、右認定の時価と比較してみるに、わずか、その五分の一若は、それ以下に過ぎない状態である。被買収者である原告等に対し、買収による損害の補填を、このような低額の対価で、以て、時価を参酌して決定した、「正当」な補償であると断じ去ることは、吾人の社会通念、正義公平の観念からして、到底認容することができない次第である。

結局、本件宅地買収対価は、時価を参酌しない、不当に低廉な額というべく。この点についての原告等の主張は理由がある。

而して、右認定の時価を参酌し、補償額の正当性につき勘案すべき前記諸要素等を十分考慮して按ずると、本件宅地の買収対価は、その賃貸価格を三百倍した額に、それぞれ増額するのが至当であると判断する。

よつて、原告等の本訴請求中、当該宅地の賃貸価格を三百倍した額に増額することを求める範囲は、これを正当として認容し、その余は失当として棄却することにし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪瀬一郎 伊藤正彦 高橋太郎)

(目録省略)

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